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済生春秋

第62回 今年も桜が咲き、散っていく

 3月下旬、上海に出張した。白木蓮の花が見ごろだった。瑞々(みずみず)しい白い花が空に向かって咲いていた。日本の木蓮の花と変わらない。
 中国の景気は、下降気味だと伝えられるが、高層ビルの建築が随所で行われ、活気があった。その中で白木蓮の花は、悠然と輝いていた。白木蓮は、上海の花に指定されているが、誰も足を止めて見上げようとしない。忙しそうに通り過ぎていく。

 日本に帰ると、桜が開花し始めていた。日本全体に浮き浮きした空気が充満していた。日本人みんなが、桜の花の魔性にとりつかれたように。
 自宅の近くの目黒川沿いは、いつの間にか都内で最も有名な桜の名所になった。全国ニュースで必ず取り上げられる。
 私が当地に住み始めたのは35年前のこと、桜の木は、私の背丈ほどもなく、ほんの小さな花が二つ、三つ咲くだけだった。絶好の散歩道だが、桜に気を配る人はいなかった。

 桜の成長は、早い。今では春になると一斉に咲き乱れ、目黒川の両岸からの桜の枝が互いに接しそうになる。今年も多くの花見客を引き寄せた。写真を撮る人、ビールを飲みながら歩く人などであふれた。
 幅員の狭い川沿いの散歩道に桜を植えることを企画した人は、すごいと思う。当地に住み始めたころ、こんな賑わいになるとは想像できなかった。
 
 実は、絢爛(けんらん)豪華に咲く一団の桜の花よりも、農家の庭でポツンと1本だけ咲く桜の方が好きだ。明治の洋画家、向井潤吉の作品で見られるのどかな田園風景である。
 幼いころは、早春に農村を歩くと、そんな風景に出合った。藁(わら)ぶきの家、耕された畑、野鳥のさえずりなどと融合していた。
 今では耕作放棄地が増え、住人を失った家屋が目立ち、農村は荒れている。あの農村風景は、どこへ行ったのだろうか。
 その中で老いた桜が取り残されて、ひっそりと花を咲かせている。日本社会とどこか類似している。

 満開から1週間もたてば、桜は、散っていく。もう人の関心は、消えていく。代わって若い緑の葉が出始める。桜の木が活気を帯びるのは、この時だ。大気中に桜のエネルギーを放出しているかのようだ。
 華美な花よりも、こんな時期の桜の木に惹(ひ)かれる。

炭谷 茂

すみたに・しげる

1946年富山県高岡市生まれ。69年東京大学法学部卒業、厚生省に入る。自治省、総務庁、在英日本大使館、厚生省社会・援護局長などを経て2003年環境事務次官に就任。08年5月から済生会理事長。現在、日本障害者リハビリテーション協会会長、富山国際大学客員教授なども務めている。著書に「環境福祉学の理論と実践」(編著)「社会福祉の原理と課題」など多数。

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